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広島高等裁判所岡山支部 昭和34年(ネ)160号 判決 1964年6月12日

控訴人(被告) 竹内重雄

被控訴人(原告) 国

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立て

控訴人は「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文と同趣旨の判決を求めた。

第二、当事者双方の事実上ならびに法律上の主張

一、被控訴人の本訴請求原因については、原判決一枚目裏一〇行目以下同三枚目表一行目までと同一である(ただし同二枚目裏八、九行目の「被告は恩給を受ける権利がないのに給付を受けているので」を「被告は後記のとおり恩給を受ける法律上の原因がないのにその給付を受けているので」と訂正する。)からこれを引用する。

二、被控訴代理人の主張ならびに控訴人の主張に対する答弁はつぎのとおりである。

(一)、(総理府恩給局長が昭和二八年六月一八日付をもつてした「昭和二六年二月分からその請求にかかる教育職員普通恩給を給する」旨の本件裁定と、昭和二八年一二月一日付をもつてした「恩給権のそう失通知」との関係)

(1)、恩給局長は、控訴人から提出された恩給請求書の添付書類に控訴人が恩給受給についての失格事由なくして退職した旨記載されていたので、昭和二八年六月一八日付で恩給権の裁定をしたが、その後同年九月二二日付岡山県教育委員会委員長からの報告に基づき調査したところ、控訴人は昭和二五年三月一七日岡山地方裁判所で業務上横領罪により懲役一年六月執行猶予四年に処せられ、その裁判は昭和二六年一月二七日確定し、右業務上横領罪は後記のとおり在職中における職務に関する犯罪に当たるので、本件裁定当時は勿論右裁定で定めた恩給支給時期(昭和二六年二月)より以前に、控訴人の恩給権は既に恩給法第九条第二項により消滅していたことが判明し、昭和二八年一二月一四日控訴人にその旨通知したのである。

(2)、ところで恩給権の裁定をするについては、恩給権の消滅していないことが絶対的基本的な要件となつているところ、控訴人の恩給権は右のとおり既に消滅していたのに、これが消滅していないものとしてなされた本件裁定には重大な瑕疵があり、しかも本件裁定当時処分庁である恩給局長が、右の消滅事由を知らなかつたとしても、客観的に明白な瑕疵であるから、本件裁定は重大かつ明白な瑕疵のある行政処分として無効であり、かりにその瑕疵が軽微で右裁定の無効原因とならないとしても、恩給権が既に消滅していたのに、これを看過したという瑕疵を免れないので、少なくとも取り消しうべき行政処分である。

(3) そうすると昭和二八年一二月一四日付でした前記通知それ自体は、単に昭和二六年一月二七日恩給権が消滅した旨をいうに過ぎないが、右通知は、本件裁定が無効であることを宣言する意味の取消し、或いは取り消しうべき瑕疵あることを理由とする取消しの性質を有する処分と解すべきである。

よつて本件裁定は右通知により取り消されたものと言わなければならない。

(二)(1)、(右業務上横領罪は恩給法第九条第二項に定める在職中の職務に関する犯罪である)

控訴人に対する処刑の原因となつた犯罪は、当該確定判決に示された犯罪構成要件と適条によつて確定さるべきことであるが、昭和二五年三月一七日岡山地方裁判所で控訴人に対する業務上横領被告事件につき言い渡された判決の理由によると、控訴人はもと倉敷高等女学校の教諭をしていたものであるが、今時大戦当時、その身分を保有したまま同女学校内に設置された広島陸軍被服支廠倉敷出張所第一学校工場の主任となり、同工場が閉鎖された後には、同工場の残務整理主任として同工場内にあつた生地及び製品の保管にあたつていたこと、並びにその間右学校において控訴人らの責任のもとに業務上保管していた生地及び製品をほしいままに控訴人の自宅に持ち帰つて横領した事実を認定し、これは刑法第二五三条の業務上横領罪に該当すると言うのである。

そして控訴人の右犯罪が、恩給法第九条第二項にいう在職中の職務に関する犯罪であるかどうかについての法律的論拠を敷衍すると、右の在職中における職務に関する犯罪というのは、公務員が法令上管掌する職務及びこれと関連するため事実上所管する職務に関し、その執務中に行なわれた犯罪のみならず、その犯罪が必然的に職務秩序を害するものと通常考えられるような関係にある犯罪をも含むものと解すべきである。ところで前記学校工場において教職員生徒の従事した仕事は、国家総動員法第五条に基づく国民勤労報国協力令及び同令施行規則によるものであり、学校在学者の結成した国民勤労報国隊による国家総動員業務への協力であつて、右学校工場の指導者または監督者の地位もまた右各法令に基づいて任命されたものである。しかして昭和一三年六月九日発普第八五号文部次官より地方長官あて通牒「中等学校の集団的勤労作業運動の実施に関する要綱」・昭和一五年五月一二日動総第一七号文部省総務局長等より地方長官あて通牒「工場事業場等学徒勤労動員学校側措置要綱に関する件」・昭和一六年七月二八日発体第一一二号文部次官より地方長官あて通牒「青少年学徒国防事業に関する件」等によれば、学徒動員中でも学生に対する国民精神の昂揚と献身奉仕に徹する実践教育を施すことが要請され、前記法令により任命された学徒隊長ないし監督者は、単なる労働力提供の勤労奉仕隊の監督者等と異なり、常に教育職員として、勤労作業を通じ教育効果をあげるべき教育上の任務を負わされていたのである。してみると、控訴人の前記学校工場主任ないし残務整理主任としての業務は、教諭としての職務と一体不可分の関係にあつたものと言うべきであるから、控訴人の犯した前記業務上横領罪は、控訴人が前記女学校教諭としての本来の職務と密接不可分の関係にあつた職務の執行中になされた犯罪で、恩給法第九条第二項にいう在職中の職務に関する犯罪に該当するものと言わなければならない。

(2)、(控訴人の犯した前記業務上横領罪は、在職中の職務に関する犯罪に当たらないという主張について)

右業務上横領罪は、終戦後学校工場等が閉鎖された後の昭和二〇年一〇月から同年一一月頃にかけての残務整理は、学校在学者の国民勤労報国隊による国家総動員協力業務の残務整理であり、残務整理主任としての任命も前記国民勤労報国協力令・同令施行規則等に基づくものであるし、これらの法令の根拠法である国家総動員法も昭和二一年三月末日までその効力を有していたものである(昭和二〇年法律第四四号附則第一項・昭和二一年勅令第一八一号)。

(三)、(控訴人の恩給法第九条第二項にいう「禁錮以上の刑に処せられたるとき」についての法律上の主張について)

恩給制度の意義、恩給法の規定、現行執行猶予制度等をみると、恩給法第九条第二項にいう「禁錮以上の刑に処せられたるとき」というのは、およそ禁錮以上の刑に処する旨の確定判決を受けたすべての場合を含み、その刑の執行が猶予されたかどうかを問わないものと解するのが相当である。

なるほど刑法第二七条によると、刑の執行猶予の言渡しを取り消されることなく猶予期間を経過したときは、刑の言渡しはその効力を失うと規定されているが、これは刑法上の効果として刑の言渡しの効力を失わせ、刑を執行しないことを終局的に確定させる趣旨であつて、反面からいえば、猶予期間を経過するまでは、刑の言渡しの効力があつたことを意味するものである。これによりさかのぼつて刑に処せられなかつたもの、すなわち確定判決がなかつたものとみなす趣旨ではない。そして執行猶予期間を無事経過した場合、刑法上の効果以外に如何なる効果が生じるかは、それぞれの関係法令の規定に従つて決定すべきであるが、恩給法は、その第九条第二項において、在職中の職務に関する犯罪により禁錮以上の刑に処せられたときは、恩給権が消滅する旨を定めているのみで、失つた権利の復活については何らの規定を設けていないから、執行猶予期間を無事経過したことによつて消滅した恩給権が復活するいわれはない。

要するに、控訴人の恩給受給権は、前記業務上横領罪の判決が確定した昭和二六年一月二七日に絶対的に消滅しているものと言うべきである。

(四)、(本件恩給権の裁定が錯誤に基づくとしても表意者である被控訴人は自らその無効を主張できないという控訴人の主張について)

かりに本件裁定が控訴人主張のとおり錯誤に基づく行政処分であるとしても、本件裁定のような行政処分については、民法第九五条を適用すべき余地がなく、行政処分については、たとえ行政庁の意思と相違する書面が作成され、これによる表示行為がなされた場合においても、右表示行為が正当な権限を有する者によつてなされた以上、その書面に表示されたとおりの処分があつたものと認めるべきであり、またその反面錯誤により表示された内容が法に違反しているときは、表意者に重大な過失があるか否かにかかわりなく、当然に無効であり、或いはその内容が違法であることを理由として取り消さるべきものである。

(五)、(本件裁定がかりに取り消しうべき行政処分であるとしても後日追認されたものであるという控訴人の主張について)

本件裁定のような行政処分について、民法の追認に関する規定は適用されない。

(六)、(「恩給権のそう失」通知が無効であるという控訴人の主張について)

(1)、控訴人は、恩給法第九条が、既に発生した恩給受給権のみの消滅原因を規定していることを前提として、本件通知が無効であるという。しかし恩給権には、公務員が一定の要件をそなえて退職したときに生じる恩給受給権と、公務員が在職中一定の要件をみたすことによつて将来取得しうるであろう権利すなわち期待権とがあるのであつて、恩給法上、前者を恩給を受ける権利、後者を恩給を受ける資格(恩給法第五一条参照)といわれている。ところで現実に恩給を受給するためには、公務員が一定の要件をそなえて退職したという事実のみでは足りず、更に恩給権の裁定(恩給法第一二条)を経ることを要し、右裁定を受けることによつて始めて恩給の具体的受給権を取得し、それ以前においては、右裁定を受けることによつて具体的恩給権を取得しうる地位、いわば抽象的恩給受給権を有しているのに過ぎないが、恩給法第九条にいう「恩給を受くるの権利」とは、右の具体的恩給受給権のみでなく、抽象的恩給受給権をも包含している。そして控訴人は、恩給法所定の在職年数を経過した昭和二六年一月二〇日、岡山県公立学校教員を退職したことを理由に、教育職員普通恩給を請求したのであるから、それによると、被控訴人(総理府恩給局長)が、前記通知において、恩給権が消滅した時期と記載した同月二七日には、恩給権の裁定を受けることによつて恩給を受給しうる地位、すなわち抽象的恩給受給権を有していたことになる。それ故被控訴人において、控訴人の抽象的恩給受給権が同月二七日に消滅した旨を通知したのは正当であつて、右通知は控訴人の主張するように無効ではない。

(2)、右「恩給権そう失通知」には、何らの瑕疵がないので、これをもつて取り消しうべき行政処分であるとも言いえない。

(3) かりに本件通知に、控訴人主張のように、事実上或いは法律上の判断を誤つた瑕疵があるとしても、その瑕疵は右通知の取消原因となるにとどまり、無効原因となるものではない。すなわち、被控訴人が本件通知をするにつき、控訴人が前記学校工場の残務整理主任として業務上横領の罪を犯したものであるかどうかの事実上の判断を誤つた瑕疵があるとしても、これは事実関係を精査して始めて判明する性質の瑕疵であつて、客観的に明白なものと言うことはできないし、また昭和二六年一月二七日当時消滅すべき恩給権があつたかどうか、控訴人の犯した業務上横領罪が恩給法第九条第二項にいう在職中の職務に関する犯罪であるかどうか、或いは禁錮以上の刑の言渡しを受けても執行猶予期間を無事経過した場合に、同項の定める「禁錮以上の刑に処せられたるとき」に当たるかどうかの法律上の判断を誤つた瑕疵があるとしても、被控訴人がさきに主張したような法律上の判断をしたことには相当の根拠があるので、右瑕疵を重大かつ明白なものと言うことはできない。そうすると、本件通知に瑕疵があるとしても、重大かつ明白なものとして、その無効をきたすことなく、取り消しうべき瑕疵があるに過ぎない。ところで控訴人は本件通知に対し、これを不服として、昭和二九年三月一八日総理府恩給局長に異議の申立てをしたが棄却され、更に昭和三〇年二月二〇日その棄却の裁決に対し内閣総理大臣あて訴願したが、昭和三二年一月二八日訴願棄却の裁決を受け、その後法定出訴期間内に、これら行政処分の取消しを求める訴を提起していないので、本件通知はもとより右各裁決は既に適法なものとして確定している。

それ故、かりに本件恩給権の裁定が被控訴人主張のように無効でなく、取り消しうべき行政処分であるとしても、本件恩給権の裁定は右通知によつて裁定当初にさかのぼり失効したものと言うべきである。

三、控訴人の本件請求原因に対する答弁については、原判決六枚目表四行目以下同一二行目までと同一であるからこれを引用する。

四、控訴人の主張ならびに答弁は次のとおりである。

(一)、(本件恩給権の裁定は無効であり、かりに無効でないとしても取り消しうべき行政処分であるという被控訴人の主張について)

本件恩給権の裁定は、重大かつ明白な瑕疵がある場合に限り、無効の行政処分であると言うべきであるが、控訴人は、自らの犯した業務上横領罪が、恩給法第九条第二項にいう在職中の職務に関する犯罪に当たらないことを主張して恩給局長に具申し(甲第二号証)、更にその裁決に対して内閣総理大臣あて訴願を申し立て(同第三号証)、本訴においても第一、二審を通じ、右主張を維持しているのであつて、右業務上横領罪が同項の犯罪に当たるかどうか、ひいては控訴人の恩給を受ける権利が本件裁定当時既に消滅していたものであるかどうかについて、必ずしも明白であつたとは言いがたく、従つて恩給を受ける権利が消滅していないものとしてなされた本件裁定は、明白な瑕疵の存する無効の行政処分であるとなしえないし、また被控訴人主張のように取り消しうべき行政処分であるとも言えない。

(二)、(右業務上横領罪が恩給法第九条第二項所定の在職中の職務に関する犯罪に当たるという被控訴人の主張について)

控訴人のこの点に関する事実上の答弁は、原判決六枚目裏四行目以下同七枚目裏六行目までと同一であるからこれを引用する。

控訴人が昭和二五年三月一七日岡山地方裁判所で言渡しを受けた判決によると、控訴人が業務上横領した日時は、昭和二〇年一〇月上旬から同年一一月上旬までの間であつて、広島陸軍被服支廠倉敷出張所第一学校工場が終戦によつて閉鎖され、控訴人がその残務整理に従事していた当時に当たるのである。教職員らの学校工場等における勤労は、戦時中、国家総動員法により規制されていたが、教職員としての本来の職務とは何らの関係がない。

学校教職員らが、戦時中、国家総動員法第五条に基づく国民勤労報国協力令、同令施行規則等により国民勤労報国隊を結成し、学校工場その他特定の場所に奉仕していたが、右勤労奉仕は、ひとり官公立学校の教職員生徒のみにより実施されたものでなく、私立学校の教職員生徒もこれに参加していたので、右勤労奉仕自体は、国家総動員法等によつて法律上強制され義務づけられていたとしても、これを公務であるとは言えない。そして公務員が勤労奉仕に従事した場合にも、公務員という身分のある者が、勤労奉仕に協力しているというに過ぎないのであつて、その奉仕自体をもつて、公務員の職務の執行であるとなすことをえないし、また職務の執行と密接不可分の関係があるとも言いがたい。すなわち勤労奉仕は、戦時に際して公務員のみでなく、一般の民間人もこれに参加してなされたものであつて、参加者が本来有している職務または職業とは何らの関係がなく、それ自体において独立した官民合同の国家に対する強制的協力形態の一種であるから、勤労奉仕中になされた犯罪については、その主体が公務員であるとしても、公務員が元来有している職務秩序を破壊し、官紀に影響すべき筋合ではない。

公立学校教職員の職務というのは、もともと学生生徒の人格の完成を目的とする学校教育にあるのであつて、国家総動員法等に基づき工場内でなされる勤労奉仕にあるのではない。工場内での勤労奉仕は、戦争目的遂行のためにやむなくとられた緊急措置であり、そこには法律による強制的労働があるのみで、人格完成を目的とする職務上の官紀は存しない。

かりに、戦時中なされた勤労奉仕が、国家総動員法等の法令および被控訴人の主張する各通牒に基づくものであり、従つて控訴人が本来有している職務と密接不可分の関係があるとしても、控訴人の犯した業務上横領罪は、前記のように、終戦により学校工場が閉鎖された後である昭和二〇年一〇月上旬から同年一一月上旬までの間における残務整理中の事犯であつて、右の残務整理については、前記法令及び各通牒に何ら触れるところがないので、結局法令に基づくものではなく、控訴人の本来の職務は終戦と同時に学校内における授業に復したものと言うべきである。

そうすると右残務整理は、控訴人の本来の職務と何らの関係がなく、右残務整理中になされた業務上横領罪は、在職中その職務に関してなされた犯罪に当たらない。

(三)、(前記業務上横領罪は執行猶予期間が無事経過したので恩給法第九条第二項の適用は許されない)

かりに、控訴人の犯した業務上横領罪が、恩給法第九条第二項にいう在職中の職務に関する犯罪に該当し、これにより処刑されているとしても、右刑はその執行を猶予されているのであるから、同項にいう「禁錮以上の刑に処せられたるとき」に当たらない。なおその執行猶予期間を無事経過したときは、刑法第二七条によつて有罪の言渡しはその効力を失い、法律上右刑の言渡しを受けなかつたことに帰するわけである。もとより禁錮以上の刑に処せられたという事実そのものは消えないとしても、この場合には、刑法第二五条第一号にいわゆる「前に禁錮以上の刑に処せられたることなき者」として再度刑の執行猶予の言渡しを受けることが許容されているのであるから、恩給法との関係においてもこれと同様、同法第九条第二項の「禁錮以上の刑に処せられたるとき」に当たらないものと言わなければならない。

そうすると、控訴人が前記業務上横領罪に対する刑の執行猶予期間を無事経過した以上、法律的にその言渡しを受けなかつたことになり、この場合、恩給法第九条第二項を適用し、本件裁定当時控訴人の恩給権が既に消滅していたものと言うことをえない。

つぎに、執行猶予の期間を無事に経過した場合、他の法令中資格を回復する規定があるものとの関係についてみると、裁判例は、選挙違反罪との関係で、執行猶予の期間が無事経過したときは、一度喪失された選挙権及び被選挙権の資格が回復されるものとしている。

以上のように考察してくると、控訴人の前記犯罪に対してその刑の執行猶予期間が無事終了したにもかかわらず、この場合に、恩給法第九条第二項を適用して、控訴人の「受恩給者」という資格を剥奪しようとするのは、明らかな誤りである。

(四)、(被控訴人のした恩給権の裁定が錯誤に基づく行政処分であるとしても被控訴人は自らその無効を主張することができない)

被控訴人(恩給局長)は、控訴人が既に業務上横領罪により有罪の確定判決を受けていることを知らずして本件裁定をしたのであり、これを知つていたとすれば、右裁定をしなかつたかもしれない。とすれば、右裁定は被控訴人の錯誤による行政処分であることになるが、かりに然りとしても、控訴人に対して右のような有罪判決をしたのも、また本件裁定をしたのも、ともに被控訴人(国)であるから、控訴人が有罪判決を受けていることを知らなかつたのは、被控訴人の重大な過失によるものであつて、自ら恩給権の裁定の無効を主張することは許されない。

(五)、(本件恩給権の裁定に取り消しうべき瑕疵があるとしても、被控訴人はこれを追認している)

被控訴人は、その主張するように、昭和二八年九月二二日付で岡山県教育委員会委員長から、「控訴人が業務上横領罪で有罪の判決を受け、その判決が昭和二六年一月二七日確定した」旨の報告を受けているのであるから、昭和二八年九月下旬頃既に控訴人が処刑されていることを認識し、被控訴人主張の恩給権消滅事由を知つていたものであり、更に昭和二八年一二月一四日控訴人に対して恩給権のそう失の通知を発しながら、引き続き昭和二九年一一月一一日まで控訴人に対して恩給を支給してきたのであるから、かりに本件恩給権の裁定に被控訴人主張のような取り消しうべき瑕疵があるとしても、被控訴人はこれを追認したものと言うべきである。

(六)、(「恩給権のそう失通知」は無効である)

被控訴人(恩給局長)から控訴人に対してなされた「恩給権のそう失通知」には、「あなたの恩給は恩給法第九条第二項によつて昭和二六年一月二七日にその権利が消滅した」と記載されている。ところで同法第九条第二項は、既に発生した恩給受給権(被控訴人主張の具体的受給権)の消滅原因を規定しているものと解すべきところ、昭和二六年一月二七日には未だ右具体的受給権が発生していなかつたのである(本件恩給権の裁定では、昭和二六年二月分から恩給を支給するとあるので、同月分から発生した)から、右通知により未だ発生していない恩給受給権が消滅するいわれがなく、右通知はその内容が虚無であり、重大かつ明白な瑕疵があるものとして無効である。

かりに、恩給法第九条第二項が、被控訴人主張の具体的受給権(恩給を受ける権利)のみでなく、抽象的受給権(恩給を受ける資格)の消滅原因を規定したものであるとしても、本件通知は、その記載自体からみると、「恩給を受給中に」という文言があるので、抽象的受給権についてではなく、控訴人が既に具体的受給権を取得しているものとし、これが消滅したことを内容としているのであるから、前同様その内容が虚無であり、重大かつ明白な瑕疵があるものとして無効である。

第三、当事者双方の証拠関係<省略>

理由

一、控訴人が昭和二六年一月二〇日岡山県公立学校教員を退職したことを理由として、昭和二六年四月一二日総理府恩給局長に教育職員普通恩給を請求し、同局長より昭和二八年六月一八日付をもつて「昭和二六年二月分からその請求にかかる教育職員普通恩給を給する」旨の裁定を受け、岡山県神根郵便局において、

(1)、昭和二八年六月二九日金八万二三三六円(昭和二六年二月分から昭和二八年四月渡し分まで)

(2)、昭和二八年七月一一日金一万〇〇一〇円(同年七月渡し分)

(3)、同年一〇月一二日金一万〇〇一〇円(同年一〇月渡し分)

(4)、昭和二九年一月一一日金一万二六二八円(同年一月渡し分)

の各給付を受け取つたこと、控訴人が岡山地方裁判所において業務上横領罪により懲役一年六月、執行猶予四年に処せられたことは、いずれも当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一号証によると、同判決は昭和二六年一月二七日上告棄却によつて確定し、昭和二七年四月二八日政令第一一八号減刑令により、その刑を懲役一年一月一五日に、その執行猶予の期間を三年に短縮されたことが認められる。

また総理府恩給局長が昭和二八年一二月一四日付恩公審議発第四五号をもつて控訴人に対し、恩給法第九条第二項により、業務上横領罪(在職中の犯罪)の判決が確定した昭和二六年一月二七日に、恩給を受ける権利が消滅する旨の通知をしたことは、成立に争いのない乙第一号証によつて明らかであり、控訴人が右通知を受領し、これを不服として恩給局長あて具申書を提出したところ、昭和二九年八月二七日棄却の裁決がなされ、更にこれに対し内閣総理大臣あてに訴願したが、右訴願も昭和三二年一月二八日棄却されたことは、当事者間に争いがない。

二、被控訴人は、控訴人の犯した前記業務上横領罪が恩給法第九条第二項にいう在職中の職務に関する犯罪であつて、これにより控訴人の恩給権は既に消滅していたところ、これが消滅していないものとしてなされた本件恩給権の裁定は無効であり、または少なくとも取り消しうべき行政処分であると主張する。

(1)、そして成立に争いのない甲第一号証(右業務上横領罪につき言い渡された刑事判決)によれば、その判決理由中罪となるべき事実として、控訴人は倉敷高等女子学校の教諭をしていたものであるが、昭和二〇年四月二五日頃同女学校が広島陸軍被服支廠倉敷出張所第一学校工場となり、同年八月一五日今次大戦の終了により学校工場が閉鎖された後には、その残務整理主任となり、同校校長鳥越保太とともに同工場内にある生地の原反類等の保管にあたつていたこと、終戦後間もなく右出張所の命により同工場内に残在していた原反類等はすべて日本衣料統制株式会社に引き渡されることになり、これを控訴人らの責任において右学校で業務上保管していたところ、控訴人は同年一〇月上旬から同年一一月上旬頃まで三回にわたり、右残存衣料品のうち原反七二梱及び雨外套五〇枚をほしいままに控訴人の自宅に持ち帰り、もつて業務上横領したものであるという事実を認定していることが明らかである。

(2)、ところで控訴人に対する右刑事判決の確定により、控訴人が「犯罪に因り禁錮以上の刑に処せられた」ことは、これを肯定しうるけれども、当裁判所が民事裁判所として、右犯罪が恩給法第九条第二項にいう「在職中の職務に関する犯罪」であるかどうかの事実判断をするにあたつては、必ずしも右刑事判決の認定に拘束されるものでなく、これを一つの証拠資料として、本件に顕われた他の証拠資料と比較考察し、自由な心証で事実の存否を判断しうるものと解すべきである。

(3)、そこで本件に顕われた証拠関係からみるのに、前顕甲第一号証の記載の一部、原審証人松田章、当審証人岡本幹雄、同安原博の各証言、原審及び当審における控訴本人尋問の結果を綜合すると、控訴人が倉敷高等女学校教諭として在職中、戦局が次第に激化するにつれて、同校の生徒もまた右の緊迫した時局に対処して、集団的勤労作業に動員(いわゆる青少年学徒動員)され、

(イ)、倉敷紡績株式会社万寿工場(教諭安原博がその工場主任となつて、飛行機部分品の製作作業に従事する)

(ロ)、同向市場工場(右同様の作業をする)

(ハ)、同学校内に設けられた前記被服支廠倉敷出張所第一学校工場(教諭松田章がその工場主任となつて、被服の裁断縫製等の作業に従事する)

(ニ)、倉敷市新田にある同出張所新田工場(控訴人がその工場主任となつて右同様の作業に従事する)

の数ケ所に分散し、工場主任(教諭)の監督養護のもとに各種作業に挺身していたこと、ところが昭和二〇年八月一五日終戦を迎え、戦時における動員体制が解かれたので、勤労作業に参加していた教諭生徒は、爾後学校内での教育授業に復したのであるが、同学校建物がこれまで前記被服支廠倉敷出張所の作業工場に供されていたため、同学校内に右作業のため用いていた原反類等の物資が残存していたところ、同出張所より控訴人にその保管を託されたので、控訴人は動員体制廃止後の残務整理として右物資を保管中、これを自宅に持ち帰つて本件事犯を惹起したことが認められ、甲第一号証の記載中、叙上の認定に反する部分は、これを裏付けるに足りる何らの資料が存しないので採用し難く、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

(4)、ところで恩給権者が罪を犯し、その犯罪の一般法秩序に違反する程度が重く、恩給法第九条に定めるような刑に処せられたときは、これによりもはやその生活維持のために国から恩給を受けるに値しないものとして、恩給を受ける権利の消滅することが法定され、同条第一項第二号では、長期の受刑を恩給権の消滅事由と定め、同条第二項では、その刑期の長短によることなく、その犯罪が在職中の職務に関していることを恩給権の消滅事由と定めているが、これは、右職務犯罪が一般の法秩序に違反しているのみでなく、更に職務上の秩序にも違反し、官紀の紊乱を招く虞れがあることによるのであるから、同条第二項にいう職務に関する犯罪とは、「職務」と「犯罪」との間に相当な関連性があつて、その犯罪により通常職務上の秩序が害されるものと認められる場合にのみ、右犯罪は職務に関しているものというべきであり、そして右にいう職務とは、公務員が法令上管掌する職務のほか、これと関連するため事実上所管する職務をも含むものと解するのが相当である。

(5)、国家総動員法(昭和一三年法律第五五号)第五条・国民勤労報国協力令(昭和一六年一一月二二日勅令第九九五号)同令施行規則(同年一二月一日厚生文部省令第三号)その他、被控訴人指摘の通牒によると、控訴人が前記認定のとおり倉敷高等女学校生徒とともに広島陸軍被服支廠倉敷出張所新田工場において被服の裁断等の勤労作業に従事していたのは、右各法令に基づく文部大臣の命令により、学校在学者の編成した国民勤労報国隊の国家総動員業務への協力義務(いわゆる青少年学徒動員)としてなされたものであり、控訴人の右動員中の工場主任たる地位も前記各法令に基づくものであること、右工場内での勤労作業は、生徒をしてその生活体験を通じて国体的訓練を積ませ、これによつて身心を鍛錬するとともに献身奉仕に徹する実践教育を施すことを目的とし、したがつて工場主任たる控訴人は常に生徒の出欠・作業の勤怠・志気の昂揚その他の精神指導に留意し、生徒に対する身分上の保護監督をなすべき義務のあつたことが窺われるので、控訴人は動員による勤労作業中においても、教諭としての本来の職務(生徒に対する教化育成)を遂行すべき任務を負わされていたものと言うべきである。

(6)、そして控訴人が終戦による動員体制廃止後、広島陸軍被服支廠倉敷出張所より同学校に残存していた原反類等の物資を託されこれを保管していたことは、さきに認定したとおりであり、控訴人の右保管事務が、被控訴人の主張するように、いわゆる青少年学徒動員業務の残務整理としてなされたこともまた前記のとおりこれを肯認しうるのであるが、右の保管事務は、戦時中の動員業務と本質的にその性格を異にし、生徒に対する教育的職能を全く欠いているので、これを教諭として本来有している職務であるということができないのみならず、前記国家総動員法、国民勤労報国協力令、同令施行規則の法令に基づき、特に控訴人らに負わされていた職務であるとも解しがたい。すなわち、右国家総動員法等は戦時に際して国防目的を達成するために国の全力を最も有効かつ適切に発揮すべく、人的及び物的資源を統制運用するための法規であるから、国防目的を達成できないで敗戦を招いた場合の残務整理(特に物資の保管関係)のごときは、当該法規の予定せざるところというべく、またかかる規定の存するものもない。したがつて、控訴人の前記保管事務は国家総動員法等の戦時法令に基づくものと言えないし、また前記の各通牒、当審証人岡本幹雄の証言を綜合すると、国家総動員法等に基づく協力業務が実施されていた戦時においても、原反類等の物資の保管事務は、学校側である控訴人らがこれに関与しないで、すべて受入側である被服支廠がその責任においてこれを処理していたことが窺われるので、いわんや右協力業務が廃止された戦後においては、控訴人が国家総動員法等の戦時法令自体を根拠に、前記物資を保管すべき職務を担当していたものとなしえないことは言うまでもない。

(7)、なお控訴人が原反類等の物資を保管するにいたつた経緯として、被服支廠と同校校長鳥越保太との間にいわゆる公法上の契約である委託契約が締結されることにより、同校長において右物資を保管すべき職務を負い、同校長より控訴人に対してこれを保管すべき旨の命令が発せられたので右命令に基づき控訴人がその職務としてこれを保管していたものであるとの被控訴人主張事実についても、これを認むべき何らの証拠がなく、かえつて原審及び当審における控訴本人尋問の結果によると、控訴人の右保管事務は、同校長よりの職務命令に基づくものではなく、さきに認定したとおり控訴人が被服支廠倉敷出張所との間でその教諭としての本来の職務と無関係に締結した個人的契約に基づくものと認められる。

(8)、従つて控訴人は法令に基づく職務として前記物資を保管していたものでもなく、また右物資の保管事務が控訴人の教諭として本来有する職務と関連するものとも言えないので、控訴人の前記犯罪は、恩給法第九条第二項にいう在職中の職務に関する犯罪に当たらないというべきである。

(9)、そうすると控訴人の恩給権は恩給法第九条第二項により前記刑事判決確定の日に消滅したとなしえないから、恩給権の裁定に被控訴人の主張するような瑕疵はなく、その瑕疵あるがゆえに、右裁定は無効であり、または少なくとも取り消しうべき行政処分であるという被控訴人の主張は採用できない。

三、右に説示したとおり、本件恩給権の裁定には被控訴人の主張するような瑕疵はないが、前述のように総理府恩給局長より昭和二八年一二月一四日付をもつて控訴人に対し「恩給権のそう失通知」が発せられているので、右通知により恩給権の裁定が取り消され、その効力を失つたものであるかどうかを考察する。

(1)、成立に争いのない乙第一号証(恩給権のそう失通知)によると、右通知に「あなたは、当局の調査によりますと、左記恩給を受給中に岡山地方裁判所並びに広島高等裁判所において業務上の横領罪(在職中の犯罪)により懲役一年六月執行猶予四年の刑に処せられ、昭和二十六年一月二十七日右の判決が確定したことが判明しました。この判決確定によりあなたの恩給は、恩給法第九条第二項の規定によつて同日その権利が消滅しましたから御了承願います。」と記載されていることが明らかである。

(2)、控訴人は、右通知に記載されている昭和二六年一月二七日というのは、恩給権の裁定前であり、未だ控訴人の具体的な恩給受給権が発生していなかつたのであるから、同日その権利が消滅すべきいわれがなく、したがつて具体的受給権の消滅を内容としている右通知は、虚無の権利関係を対象としてなされたもので、無効であると主張する。

ところで公務員が一定の要件をそなえて退職したときは、当然に国より恩給を受ける権利を取得するが、右権利は恩給法第一二条による裁定を経て始めて具体的請求権として確定するものであり、その以前においてはたんに抽象的な恩給受給権(受給資格)として存在するにすぎない。そして控訴人は前記認定のとおり恩給法所定の期間岡山県公立学校教員等に在職し、昭和二六年一月二〇日退職したので、同月二七日には右の抽象的な恩給受給権を有したが、なお恩給権の裁定を受けていなかつたものであるから、右通知にいう恩給権とは抽象的な恩給受給権を指すものと解される。

もつとも右通知には、控訴人の主張するように「恩給を受給中に……刑に処せられ」云々とあつて、一見具体的恩給権をいうもののごとくであるが、成立に争いのない甲第一号証(刑事判決)によれば、控訴人は一、二審とも岡山地方裁判所で(二審の言渡しは昭和二五年三月一七日)業務上横領罪により処刑されたことが認められ、右事実のほか、前記通知の記載自体を仔細に考察すると、「恩給を受給中に」という文言の下方に読点たる「、」を付すべきところ、これを脱漏したため、右のような誤読の虞れが生じたものであるが、その趣旨は、要するに、「控訴人が恩給を受給中に、刑事判決の確定したことが判明した。控訴人の恩給権は右判決確定の日に消滅した。」旨を表示していることが窺われるので、「恩給を受給中に」という文言だけをとらえて、右通知が具体的受給権の消滅を表示しているものとすることはできない。

なお控訴人本人にとつては、恩給の受給中に刑に処せられたものでないことは、もとより明白な事実であり、したがつて右通知受領当時、控訴人にとつて前記のような誤読の虞れがなかつたことは、疑いを容れぬところといつてよい。

以上により、この点に関する控訴人の主張は採用できない。

(3)、このように前記「恩給権のそう失通知」自体には、恩給の抽象的受給権が、恩給権の裁定前である刑事判決確定の日(昭和二六年一月二七日)に消滅したと記載されているのであるが、この通知が恩給権の裁定(昭和二八年六月一八日付)後、恩給の受給中になされたことからすれば、恩給局長は右のように抽象的受給権の消滅を通知することにより、抽象的受給権の存否およびその具体的内容を確定する処分である恩給権の裁定についても、その裁定としての効力を否定しこれを取り消す意思を表示したものと認めるのが相当であるから、右通知は結局、恩給権の裁定の取消処分たる性質を有するものと解すべきである。

(4)、そして恩給局長は、控訴人の犯した業務上横領罪が在職中の職務に関する犯罪に当たるものと認定し、かつ右罪の刑に執行猶予が付されている場合においても、恩給法第九条第二項の適用があるものと判断して「恩給権のそう失通知」をしていることは、当事者間に争いがないが、前述のとおり右罪は職務に関する犯罪に該当しないから、これに該当するとしてなされた右通知は、その誤認の点に瑕疵があるものと言わざるをえない(恩給法第九条第二項にいう「禁錮以上の刑に処せられたるとき」というのは、およそ禁錮以上の刑の言渡しがあつたすべての場合を含み、右刑に執行猶予が付されていると否とを問わないものと解すべきであつて、その理由は原判決一五枚目裏八行目以下一六枚目裏一〇行目までに説示するところと同一であるから、執行猶予の付された刑に同項を適用した点については、なんら瑕疵はない)。

(5)、本件「恩給権のそう失通知」には右のような瑕疵が存するのであるが、右業務上横領罪が職務に関する犯罪に当たるか否かについては、事実上ならびに法律上まことに困難な問題を包含しているので(このことは本件訴訟の経過からみても容易に看取しうるところである)、恩給局長が右のように誤認した瑕疵をもつて、これを外形上客観的に明白なものであるとは言い難く、したがつて、その瑕疵が重大であるとしても、右通知が当然に無効な処分であるとすることはできない(なお控訴人は前記認定のとおり右通知に対して異議・訴願をしたがいずれも棄却され、その棄却の裁決に対して取消訴訟を提起しなかつたため、右通知は形式上確定するにいたつたものである)。

(6)、以上縷々説示したように「恩給権のそう失通知」は違法な瑕疵を帯びているのであるが、これにより右通知が無効になるべきものではなく、本件恩給権の裁定を取り消す処分として有効である。

四、恩給権の裁定が右通知により取り消され、遡及的にその効力を失つた以上、控訴人は法律上の原因なくして不当に前記金一一万四九八四円(被控訴人から給付を受けた恩給の合計額)を利得し、被控訴人にこれと同額の損失を与えたことになるので、他に特段の主張および立証のない以上、控訴人は被控訴人に対し現存利益として右金一一万四九八四円を支払う義務がある。

五、ちなみに、控訴人の犯した業務上横領罪は、前述のとおり恩給法第九条第二項にいう在職中の職務に関する犯罪に当たらないので、同項により控訴人の恩給を受ける権利は消滅するいわれがない。そうすると控訴人は本判決の命ずるところに従い、被控訴人に対して右金員を返還したとしても、改めて恩給を請求しその裁定を受けたうえ、恩給受給権を行使することが可能であることは言うまでもない。

六、叙上の次第であつて、控訴人に対し前記金一一万四九八四円の内金一一万四八八四円とこれに対する本件支払命令送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和三三年六月二二日から完済にいたるまで民法所定の年五分の割合による損害金の支払を求める被控訴人の本訴請求は正当として認容すべく、これと同趣旨の原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないのでこれを棄却し、控訴費用の負担につき民事訴訟法第九五条・第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 柴原八一 西内辰樹 可部恒雄)

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